広島ブログ

オープンゲイなHaruの日常

広島でなんとなーくゆるくのほほんと暮らしてる、オープンなゲイの日常です。

なんでみんなでしんどい世の中にするの?

不倫報道とか、SNSの炎上騒ぎとか。
そんなニュースやワードショーがいっぱいな世の中ですね、最近。
ものすっごく不思議です。

芸能人の誰が誰と不倫してた。
政治家の誰が誰と不倫してた。

その話があんたの人生のどこに関係あるの?って。

不倫の是非を論じると、そこは多くの意見があると思うので割愛。

良くても悪くても。
自分の人生になんの関係もないでしょって思うんです。

マスコミだけじゃなく、SNSでも、日本国民みんなして、
「〜であるべき」「清く美しくあるべき」
「〜であるべきではない」「人間らしくあるべきではない」
っていうプレッシャーを、お互いにかけあっているように見えます。


その圧力は相当なもので、僕らの日常にも陰を落とします。

その人個人の本質や個性を感じようとすることはなく、
表面上の肩書や態度、そんなもので人を判断する人の多いこと…

お互いに媚びへつらって、愛想笑いを振りまいて。
お互いにしんどい状態にどんどん向かっていく人たち。

自分がしんどくて、でも、我慢してそれをやっているから、
それをやっていない人にもあてはめようとする人たち。

何も考えず「常識」という言葉を振りかざされています。
「一般的」「社会人として」そんなことばかり言われています。

「常識」とかそういうものって、言葉と一緒で、
時代や環境によって移り変わっていくものだろうに。と思います。

この価値観の多様化した時代に生きている僕たちは、
立場や名刺の表に出ているものではなく、
もっと本質的・感覚的なコミュニケーションをとるべきです。
今までの「常識」はもうとっくに崩壊しているんだから。

そんな中で、変わらないものももちろんあって。
そういうのは、多分感覚的な生き方の美しさとか、かっこよさとか、
そういうものな気がします。

これまでの価値観の多くが崩壊して、
または、崩壊目前な、現代の世の中では、
少なくとも体裁や建て前を気にしてる余裕はないし、
そこにリソースをかけるべきじゃなくないですか?

なーんか…おかしいですよね…
みんな明るく楽しく自分らしく。ただ幸せになりたいはずなのに。
なんでみんなで自分の首を締めるように、
窮屈な社会を一生懸命作ってるんでしょうか?

時々、ふと、不思議に感じます。
なんでみんなでしんどい世の中にするの?って。